乳がんホームページ
乳がん掲示板

2010年 弘前講演録
 ※内容は講演当時のものです。ホームページや掲示板の状況等は現在と異なります。
 第5回弘前乳がん市民フォーラム「もっと知ろうよ、乳がんのこと」
日時:2010年10月2日(土)

■講演タイトル

「クヨクヨしてないで、しあわせになろうよ!
 ~乳がんホームページを14年間続けてきて私が学んだこと」

■講演者プロフィール

HANA(はな) 1962年埼玉県生まれ

根っからの文系人間で、短大では国語を専攻していたのにもかかわらず、卒業後なぜかコンピュータの世界に入り、プログラマ・SEとしてシステム開発の仕事に携わる。

1996年33歳の時に乳がんと診断され、乳房温存手術を受ける。
同年、入院中の日記をもとに「乳がんホームページ」を開設。今年で14年目を迎える。
サイト内の「乳がん掲示板」には1日数百件のアクセスがあり、乳がん患者の心の拠り所となっている。

2007年より、メールマガジン「乳がんトピックス」を週1回配信。
2009年、「乳がんーひとりで不安にならないで」(中村清吾監修・コスミック出版)に体験記を掲載。
趣味:神社仏閣めぐり。特技:運がいいこと。音訳ボランティア歴10年。

■講演概要

インターネットが普及し、一般市民が癌に関する情報を得る機会は格段に増えました。それは良いことではありますが、情報の氾濫により、かえって患者の迷いや不安が増している部分もある気がします。

インターネットを上手に利用して、闘病に役立てていくために、大切なことは何なのでしょうか?長年、乳がんホームページを運営してきた中で、私が見てきたこと、感じたことの中に、そのヒントがあるかもしれません。



■講演全文 

1.あいさつ・自己紹介
2.乳がんホームページをつくった経緯
3.乳がん掲示板の特徴
4.乳がん掲示板利用者の声
5.おわりに (大切なこと)


<1.あいさつ・自己紹介

こんにちは 乳がんホームページを運営しております、HANAと申します。

今から14年前の1996年、33歳のときに乳がんと診断され、手術を受けました。

そして同じ年の10月に乳がんホームページを開設したのですが、
奇しくも、そのホームページをオープンした日が、今日10月2日。
というわけで、今日から乳がんホームページは15年目に突入しました。

私は現在、東京都の足立区に住んでいます。
生まれたのは東京都のとなりの埼玉県で、両親は今も埼玉に住んでいるのですが、
もともと、父と母、両方ともが山形県の出身なので、
わたしのルーツはこちら東北ということになりますね。体に東北人の血が流れています。

職業は、コンピュータのソフトウエア技術者です。
以前は会社勤めで、プログラムを作ったりする仕事をしていましたが、
今はフリーランスで、インターネット関連の仕事をしています。

ですが、乳がんホームページは仕事としてやっているのではありません。
あくまでも個人としてボランティア的に運営しているものですが、
現在、サイト全体で1日3000件位のアクセスがあります。

今日のお話は、私自身の乳がん体験についてではなくて、
この「乳がんホームページ」というウェブサイトを、乳がん患者の方々が、
どんな風に、どんな思いで、利用されているのか、ということについて、
ご紹介させていただきたいと思っています。



<2.乳がんホームページをつくった経緯

本題に入る前に、私が乳がんホームページをつくった経緯を、簡単にお話します。

私は30歳から毎年人間ドックを受けていました。
32歳のとき、はじめて左胸のしこりを指摘され、その時は良性との診断だったのですが、
翌年、乳がんと診断され、乳房温存手術を受けました。

その後、入院中つけていた日記をもとに、「乳がんホームページ」を作りました。
その当時は、個人がホームページをもつということ自体がめずらしくて、ましてや、自分の闘病体験をインターネット上で公開している人など、日本にはまだほとんどいませんでした。

私が「乳がんホームページをつくろう」と思った理由のひとつには、
私自身の乳がん体験が「ドラマチックではなかったから」ということがあります。

どういうことかというと、自分が乳がんという病気をするまで、自分の周囲にがん患者はいなかったし、癌といえば、マスコミからの情報しかなく、芸能人や有名人の「癌との壮絶な闘い」とか、主人公が闘病の末に死んでしまうドラマや映画での情報しかなかったので、
自分が癌になったとき、「あれ?ぜんぜん違う!」と思ったのです。

それは、自分がたまたま軽症ですんだからということがあるのですが、そういうケースあるということをということを他の人にも知らせたい、という想いがどこかにあったように思います。

そんなわけで、私のホームページは、最初、自分の乳がん体験記がメインでした。
それにいろいろ情報をプラスして、今の形になってきました。

しかし、医学の進歩は早くて、私の体験はもう古いものになってしまっていますし、現在では乳がんに関するサイトは他にたくさんあり、情報に関しては、私のような素人のページよりも、専門家が作った詳しいサイトを見るほうがよいと思っています。

それでは、なぜホームページを続けているのかというと、私のサイトの中に「乳がん掲示板」というものがあるからです。現在のメインは掲示板だと思います。

掲示板というのは、誰でも自由に書き込みができて、それに対してまた誰かが返信を書いたりできるインターネット上の交流の場です。

私の乳がん掲示板は、最近では、一日300人前後の方がご覧になっています。
書き込みをされる方は1日数人ですが、毎日のようにここを訪れて、書き込みを読んでいる方が、常時数百人いらっしゃいます。

掲示板をスタートしていからこれまでに累計で4万件ほどの書き込みがあります。古い書き込みもすべて保存されていて、どなたでも閲覧することができ、キーワードで検索することもできます。

頻繁に書き込みをされる方は、乳がんと診断されて間もない方や、術後1、2年の方が多いのですが、ひととおりの治療を終えられ一段落ついてからも、掲示板を時々覗いて、他の方にアドバイスをしてくださる方もたくさんいますし、

術後3年目、4年目、5年目、といった節目の時に、近況報告しにきてくださる方も多く、そういう方の「元気にやっています」という報告は、乳がんに直面したばかりの新米患者さんにとっては、たいへん希望になっていると思います。
では、ここからが本題なのですが、

まず始めに、乳がん掲示板のご利用者であるポーさんという方が、乳がん掲示板について
ご自分のブログに書いてくださった記事をご紹介したいと思います。

「乳がん掲示板」の特徴を、客観的に、非常に的確に表現してくださっている文章だと思いますので、少々長くなりますが読ませていただきます。ご本人にはご了解をいただいています。


<3.乳がん掲示板の特徴


患者・体験者としての市民」  ポー (ブログ「雨あがり」より)

毎年新たに3万5千人が乳がん患者になるという。
これをたとえば10年累計しただけで35万人。
それだけの数の乳がん患者あるいはサバイバーが今現在この瞬間に
この日本にいることになる。

がんを告知されて死の影におびえ、手術に不安と恐怖を覚え、
抗がん剤の副作用に泣き、痛みに耐え、再発を恐れ、出産をあきらめ、
再就職に不安をかかえ、子どもの将来を憂え・・・・と
現在形で苦しんでいる女性たちがいる。

またそれらの困難を乗り越えて、(再発の不安を抱えながらも)
今は仕事に生きがいを見出したり、音楽やスポーツに元気に取り組んだり、
家族と楽しい生活を送ったり、地域の活動に精をだしたり、
病を得たからこそ新たな貴い友情を得、人生の深い意味を知り、人の愛を知り、
家族や友人とのきずなを再確認して充実した毎日を生きている女性たちもいる。
そういう女性たちが少なくとも35万人もいるのだ。

ピンクリボンキャンペーンのような予防啓発運動は重要。
だが、同時にこれらの今現在を闘っている女性たちへのケアもとても重要な
課題ではないだろうか。
 
私自身の2年前を振り返ると、私を支えてくれる家族も友人もたくさんいたけれど、
どうしても健常者とがん患者との間の認識のギャップに苦しむことがあった。

皆が私のことを心配し、理解しようとし、手を差し伸べてくれているのは痛いほど分かっている。
それでも「私の本当の気持ち」と「私が周囲に見せている気持ち」の間にはギャップがあった。

それはほんの髪の毛一筋ほどのギャップであるし、無い物ねだりであることも
十分分かってはいても、それでも他者に分かってもらえないという不満があった。
そんな時にたどりついたのがHANAさんの掲示板だった。
そこには「乳がん」というキーワードで多くの女性たちが集まっている。
告知されたばかりの人、母親が乳がんになったという娘さん、一応の目安とされる
5年を経過した人、再発の不安におびえている人、また、乳がんのタイプ、
ステージだけでなく、年齢も、職業も、性格も、趣味も違う、人々の集まりだ。

掲示板に参加するようになってすぐに気がついたのは
ここには一つの大きな不文律があること。

それは「ここではどんな愚痴を言ってもいい、泣きごとを言ってもいい」ということ。
時には告知されたばかりの人の「血の涙で書いた」ようなトーンの投稿もある。
そういう投稿にはすぐに誰かが「私もそういう思いをしたことがあるけど、
そこを通りすぎたら元気になったよ。あなたも絶対大丈夫!」と返事を書く。

「病人根性」とも言うべき心理があって、健常者に「がんばって!」と言われるとむかっとする(笑)。
でも、同じ病の仲間から「がんばって!」と言われると、素直にがんばってみようという気になる。

HANAさんの掲示板は苦しみやつらさを訴えた人が次には新米の乳がん患者の応援に
回っているという点が大きな特徴だと思う。
初めは自分のことしか考えられなかった人が後から来た人へのアドバイスをする。
つらいと訴える人に必ず誰かが「大丈夫よ」と声をかける。
その誰かも1年前、2年前にはきっと泣きごとを書いたのだろうと思う。

またこの不文律とともに大きな特長となっているのが「掲示板に権威者がいない」ということだと思う。
管理人のHANAさんは掲示板管理人に徹していて、投稿者への「助言者」ではない。
助言者は掲示板に参加している一人ひとりなのだ。
同じ病の女性たちが本音をさらけだして語る、そのことで癒され、勇気づけられ、
立ちあがっていく。これこそまさにピアカウンセリングである。

またこのピアカウンセリングはインターネットだからこそ可能だったということも言えるだろう。
現実の生活の中では自分のがんをカミングアウトすることは
健常者が想像する以上に難しいことだ。

私のような気楽な一人暮らしならともかく、子育て真っ最中の女性たちは
特に子どもへの影響を考えて顔で笑って心で泣いての生活をしている人も多い。
まだまだ日本ではがんというのは「閉ざされた世界」の話なのだ。

だからこそ、インターネットで匿名で、赤裸々に
自分の病状や思いを話して、それをそのまま受け入れてもらえるというのは、
本当に貴重な場だと思う。

またインターネットだと全国どこからでも自分の声を聞いてもらえるというのも
大変にありがたいことだと思う。 

有名人の がんカミングアウトや闘病記、講演などが、多くのがん患者を励まし、
元気づけているのも事実。ただそれが全てではないと思うのだ。

私たちがほしいのは等身大の声、私と同じような平凡な無名の市民の思い、なのだ。
そういう声であってこそ、私たちは共感しあえるのだと思う。

そしてHANAさんの掲示板の意義はまさにこの「一般市民、平凡な無名の人々の
真実の言葉、真実の記録」であるという点にあるのではないかと思う。

(以上がポーさんのブログ記事です)


<4.乳がん掲示板利用者の声


次に、実際の、乳がん掲示板上の投稿を読ませていただきます。

今回、この講演をするに当たって、乳がん掲示板上で私の方から、

「この掲示板のどういう部分が、どんなときに、どんな風に役に立ったか、
というエピソードをお聞かせください。 」

とみなさんに問いかけてみました。

それに対し、応えて書いてくださった方の投稿です。


【ハンドルネーム・なおぴょんさん】

私の場合、告知を受け しかし受け入れる事が出来ずに 毎晩、毎晩、ネットにはりついては
『乳がん』『手術』『生存率』など検索していました。

本当に、癌 だなんて 誰の事を 先生 言っているの?
その状態の時にHANAさんのホームページと出会いました。

掲示板を見ていき こんなにもたくさんの人が乳がんにな り 頑張っているんだと・・・。
本当に勉強にもなり、自分にとって心のよりどころのようになっています。


【ハンドルネーム・MIN.Kさん】

私はあの当時、乳がん告知→温存→全摘と2回の手術を受け

「こうならない為に毎年検診を受けていたのに何故?
見つかったと思ったら全摘なんてどうして?
身 体は痛くも何ともないのにそんなに悪い状態?
自分の身体の状態に心がついていけない」
と家族の前で泣きました。

その時私はただ心の中を吐き出させて欲し かっただけなのに、
ただただ聞いて欲しかっただけなのに、「やらなきゃ駄目な事はやろうよ」と言われてしまい、
もう何も話せないと思ってしまいました。

そこか ら先は自分で自分を支えて立っているのがやっとな状態で
変わってしまった自分の姿に、気が狂いそうになりながら、抗がん剤治療を何とか終えました。

抗がん剤が 終わってホルモン治療になると、周囲からはもう乳がんが治ったかのような扱いなのに、私自身は抗がん剤が終わっても筋肉、関節痛はひどいし、ホルモン治療の副作 用も出てくるし、
爪は剥がれてくるし、再発転移の不安や恐怖でいっぱいだし、心身ともに散々な状態でした。

そんな時ここにたどり着いて、辛い気持ちや状態をわかっ てもらえる皆さんに出会って、
自分が普通でなくなってしまったと感じていた気持ちもなくなり、1人ではないと思えて、
下ばかり向いていた顔を、前に向けられるよう になりました。
ネットだからというよりはこの温かい掲示板だからこそだと思っています。


【ハンドルネーム・めぶさん】

私は昨年5月の告知からすぐに、HANAさんのHPを見つけ6月くらいからこちらの掲示板もロムしていました。初めて書き込みしたのはケモ中の、9月か10月だったのですが、その前のほうが、むしろ中毒のように1日に何回もロムしていました。

7月7日に右全摘手術、23日に病理結果が出て、腫瘍径3センチ、リンパ管侵襲ありで中間リスクと判定されました。当時の主治医は「抗ガン剤はしてもしなくてもどちらでもいい、自分で決めて」と。
決めかねて「先生はどうしたらいいと思われますか?」と聞いたところ、返ってきた答えは「わからない」

この時に「今度主治医の力が必要になるのは再発・転移の時。この先生の下で再発・転移の治療はしたくない」と思い、セカンドオピニオンか転院かを考え始めました。

とはいえ、セカンドオピニオンも転院も、どうすればいいのかわかりません。
そこで頼りにしたのがこちらの掲示板でした。というより、どう調べればいいのかわからなかったのです。

過去ログから、書き込みをしている皆さんの病理結果と抗ガン剤治療をしたかどうか、レジメンと副作用を調べました。

その過程で、ネットで無料相談があることを知って、無料相談に質問してみたのです。
無料相談サイトを見てみると、私と同様、中間リスクと判定された方が、ご自身の病理結果をあげて、抗ガン剤が必要かどうかを質問しているケースが多いことを知りました。

またレジメンも、私のようにホルモン陽性、Her2陰性のケースではアンスラ系よりもタキサン系のほうがいいのではないかという見解が多く見受けられました。

それ以前に、ホルモン療法や抗ガン剤についても、告知されて何にも知らなかったのが、こちらの掲示板での皆さんの書き込みで得た知識を元にネットで調べることができました。

昨年ではまだ、それほど多く採用されていなかったTCというレジメンも、こちらの書き込みで知り、自分でいろいろ調べることができ、結局自分で希望してTCを受けることができる病院へ転院しました。

“患者力”ということばがあります。たしかに主治医の先生におまかせにしてしまえば気持ち的にはラクだと思います。しかしガンはやはり手強い病気で、医師でも「治療をしているから絶対大丈夫」とは言えないのです。

医療者と患者は一体ではないと思います。
そ れに医師が言うことは「エビデンスがある」「学会で発表された」ことです。それに医師の立場では「病気を治す」ことが最優先となりますが、患者としては 「抗ガン剤なんかして、私、どうなっちゃうの。こわいよ」というのが正直な気持ちです。
その気持ちをわかってくれるのは、治療を受けている患者さんだけで す。
たくさんの患者さんの経験が、後に続く人たちの知恵になっていると思っています。

患者さん同士のミーティングにも出たことはあり、やはり出席者の皆さんの経験はとても役に立つのですが、私が抗ガン剤をするかしないかで悩んでいた時は、折悪しくお盆のころで、その月には頼りにしていたミーティングもお休みになってしまいました。
その時知りたいことをすぐに知ることができるのは、ネットならではの利点だと思います。


【ハンドルネーム・元気ママさん】

私はこの掲示板から生きる意欲を学びました。
私は、とても明るく前向き人間でしたが、乳がんと告知された後、「死んでしまうのだから、何をしてもしょうがない!死ぬなら楽に死にたい!」と考えていました。
告知後された後の私の体の中は、一度に不安、悲しみで一杯になっていました。

私は子供達にも、親友達にも、不安がると思い、病気のことは隠し、とても悲しいのに、前と全く同じように、明るく演技して過ごしました。迷惑掛けたくないと思いました。

実際は、病気のことで不安で、死んでしまうことの恐怖に、涙が溢れ、不幸のどん底で、涙がいつも溢れていました。

そんな時、不安で眠れぬ夜に、この掲示板に出会いました。
多くの温かい皆様の励ましに、私は出会うことができました。
私の不安を、しっかり受け止めてくれて、皆さまからの励ましは、どん底まで落ちた私を、いつも毎回、救ってくれました。

一人で抱えていた不安と恐怖の毎日を、この掲示板の誠実な励ましにより、幸せな時間へと変えてくれました。

皆さんは、私と同じ病気でも、前向きで、パワフルで、人生を楽しまれていて、そして、私を応援、励ましてくれて、病気に負けない強い精神力を学ぶことが出来ました。

私は、この掲示板に出会えたお陰で、病気でも明るく、楽しく生きていけることを一番に学びました。
今お一人で、孤独にこの病気に悩まれて不安に思われて苦しまれている方が、この掲示板に出会い、病気でも、幸せに、楽しく人生を過ごすことができるということを感じ、幸せになって欲しいと願っています。

(以上です)

今、読んできた中で、
ほとんどの方が、 「みなさんに助けられました」「みなさんのお陰で」と書いておられるのですが、この「みなさん」というのは、固定されたメンバーがいる訳ではありません。

入れ替わりたちかわり、次々と新しい方も参加されているのですが、同じような雰囲気を保つことができています。

それは、助ける人が助けられる人でもあり、励ます人が励まされる人でもある、「お互い様」の精神がこの掲示板に自然と根付いているからだと思います。


<5.おわりに

以上、乳がん掲示板をみなさんがどのように闘病に役立てていらっしゃるのかということを、ご紹介させていただいたのですが、私はここで「乳がん掲示板」は素晴らしいので、もっと掲示板を利用しましょう、ということが言いたいではありません。

インターネットは顔の見えない匿名の世界ですので、誤解が生じやすく、トラブルが起きることも全くないわけではありません。ご利用にはそれなりの自覚と注意が必要です。

そして、乳がんにまつわる悩みや相談は、治療の事であれば、主治医や医療者にするのがベストだし、身近な家族や友人がやはり一番強力なサポーターです。患者会などで、他の乳がん患者仲間と対面して話をすることも、非常に重要な助けになると思います。

自分に合ったものを、状況に合わせて、うまく組み合わせて利用していくのがよいと思っています。

ただ、私が思うには、
この掲示板の恩恵を受けている方の特徴というのは、受身のままではなくて、
自分から心を開いて、勇気を出して、一歩踏み出したからこそ、
ここから何かを得ることができたんじゃないかと思うのです。

ですから、それは
掲示板であろうとなかろうと、インターネット上であろうとなかろうと、
乳がんであろうとなかろうと、どんな状況にある方でも、いえることだと思うのです。

起こってしまったことを悔やんで、自分は不幸だ、かわいそうだ、と
嘆いているばかりでは、どうにもなりません。

病気だろうと何だろうと、困難に直面したとき、
誰かが何かをしてくれるのを待っているだけでなく、
自分から一歩踏み出すこと。 そこから世界が開けていくのだと思います。

本日の講演タイトル「クヨクヨしてないで、しあわせになろうよ!」というのは
そういう意味です。

私のお話は以上です。

ありがとうございました。


■講演会情報

第5回弘前乳がん市民フォーラム 「もっと知ろうよ、乳がんのこと」

日時:2010年10月2日(土)14:00~15:30(開場13:30)
場所:中三弘前店「スペースアストロ」 青森県弘前市土手町49-1

講演1:HANA(乳がんホームページ運営者)
「クヨクヨしてないで、しあわせになろうよ!
 ~乳がんホームページを14年間続けてきて私が学んだこと」

講演2:本田麻由美さん(読売新聞記者)
「がんと私~日本のがん医療の動きとともに」

司会:小田桐弘毅先生(弘前大学医学部付属病院消化器・乳腺・甲状腺外科)

参加無料 定員120名
共催:中外製薬株式会社/ブリストル・マイヤーズ株式会社/ノバルティス ファーマ株式会社
後援:弘前市医師会


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